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映画「三国志英傑伝 関羽」 [書評・映画評]

関羽.jpg
三国志の中で一番人気があるのは、劉備でもなく曹操でもなく、「義の人」関羽である。
原題を「關雲長」という。当時の中国人には正式名と通称の2つ名前があって、親しい
人の間では通称名で呼ばれていた。有名な諸葛孔明も本名は諸葛亮であり、通称孔明と
言うのであって、諸葛亮孔明、とフルネームで呼んだり、諸葛亮とだけ言ったり、
諸葛孔明と言ったりもする。
関羽の場合も、フルネームは関羽雲長であり、親しみを込めて関雲長と呼ばれていた。
映画の中でも、字幕では「関羽!」と呼びかけられていることになっているが、
実際には「雲長!」と呼ばれていて、違いが分かる人には聞き分けられる。

三国志では一番人気のある場面は赤壁の戦いであるが、このエピソードの中に、
大敗して必死で逃げる曹操を待ち伏せして関羽が待ち構えるのだが、あえて曹操を
見逃してやる感動的場面がある。その伏線となるのがこの映画で語られる物語である。

三国志には2通りの本がある。
一つは正史としての「三国志」。中国では伝統的に、政権を握った国は、その前の
国の歴史を正確に記録するという風習があった。三国を統一したのが魏の国の軍師で
あった司馬懿の息子が起こした晋であり、魏が前王室の漢の正統的な後継者であり
その正当な後継という立場で書かれているので、魏、ひいてはその国を興した
曹操が正しい人という立場で書かれている。したがってそれに抵抗する蜀は辺境の
小国という扱いでしかない。

もう一つは、その小国を判官贔屓で主人公にして書かれたのが「三国志演義」。
劉備とその2人の義兄弟、そして軍師諸葛亮を主人公とした物語。
従って、関羽を英雄として描かれるのは当然であり、曹操は天下を横取りした
極悪人という立場になる。

しかしここに例外が生じる。
演義であるのに曹操を部下に慕われた人物として描いたり、正史なのに関羽を
ほめたりもする。その理由の一つがここに描かれた物語にあると言っても良い。

劉備が曹操に攻められ、散り散りバラバラになった時、逃げ遅れて捕虜となった
劉備の妻子を助け出すためにあえて捕虜となった関羽を、魏の将軍達は処刑する
ように求めたが、曹操だけは関羽の人柄に惚れ込んで、自分の家来になるように
せまる。しかし劉備にしか使えない関羽は首を縦にはふらない。そこで劉備が
死んでいれば家来にならないかという話から、もし劉備の生存が明らかになれば
そこに戻らせて欲しいという願いに、それまでは一時的に自分に仕えろ、
劉備が見つかれば返してやる、という口約束をする。

この約束が口約束だけに終わらなかったのが曹操の偉いところ。それを信じた
関羽も人を見る目がある。
はたして劉備の居所がwさかり、約束通り曹操は関羽を劉備の妻子とともに
帰らせることに。しかしそれに我慢ならないのが魏の将軍達。曹操の意向を
無視して関羽の逃亡を阻止することに。

関羽が劉備の妻に思いを寄せていたという話がある。だから必死で守ろうと
したという。ありえることでもあり、映画はまだその妻が正式には劉備とは
結婚していないという設定にしているが、あまりその設定には意味がないが、
必死で守ろうとする背景にしている。

ということで、この物語は男と男の友情、実ることのない想い、将軍達との
激しい争いを核として見応え十分な物語に仕上げている。
赤壁の戦いの顛末を知っている者にはこたえられないストーリーになっている。

映画では将軍達をそそのかしたのが実は皇帝だったということになり、後に
皇帝を滅ぼすことになる曹操が、関羽に対して、天下が平和になればこいつを
殺してやる、と皇帝を指さし、この先の展開を思わせる。

後に関羽は呉の軍師の策略にはまり囲まれて、そこで潔く討たれるのだが、
関羽の死を聞いた曹操は首を譲り渡すように呉にせまり、魏の国で盛大な
葬儀をあげる。映画の冒頭とラストでその場面が描かれるが、そこには
三国志の英雄を殺したのは呉であって、魏は彼の偉大さを認めて嘆いている
というポーズを見せるのだが、ポーズでありながらも、それを超えた曹操と
関羽の友情がよく表された場面であると思える。

敵同士でありながら男が男に惚れる、そんな偉大な関羽はいまだに英雄であり、
日本でも中華街で関羽を祀る社もあるくらい。
三国志ファンなら絶対に見ないといけない映画だと思える。
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映画「白夜行-白い闇の中を歩く-」 [書評・映画評]

白夜行.jpg
少女は地獄の中にいた。少年は少女の地獄を自分が負おうとした。
白い道を少女は歩むはずではあったが、二人の道はどこまでも
闇の中だった。

2009年に韓国で公開された韓国映画である。
今年になってようやく日本で公開されるようになったのは大人の事情か。
何しろ、日本版が昨年堀北真希主演で公開されたのだから。

冒頭からヒロインソン・イェジン)による18禁の愛欲場面にからめて
殺人事件が「白鳥の湖」のBGMの中、並行して映し出される。
この場面だけで、この映画のテーマが凝縮されたような。
これは決して日本映画ではできなかった。堀北真希に期待は出来ない。
TV版では綾瀬はるかが演じたとかだが、TVではましてや。
しかし、この小説の本来の姿はこの韓国版が正しいのかも。

原作は読んでいないがかなり長い物語だとか。
日本版では主人公の高校・大学時代も詳しく映されていたが、韓国版では
最初の事件が起きた時と、その14年後だけを映像化し、途中の学生時代は
あっさりと省略した。結果的にはこれが映画としては正解だったかも。

出演者の本気を感じる。子役も含めていい加減におさめない。
ヒロインの徹底した冷たさ。しかし内に流れる思いも含めて見事に
演じきっている。

難点がひとつ。
ヒロインは一流デザイナーのはずなのに、同時に高校の教師をしている
という部分が意味不明。韓国の特殊な事情があるのだろうか。
実家の庭から死体が発見されるのだが、そのことで面からの警察の
介入はなかったのだろうか。まあ疑惑が浮かぶだけで何の証拠も
ないのだが。

事件を追う刑事が事件の事実を知って、少年・少女のその現場に
時空を超えて立ち会う場面、優れた演出だと思う。
はっきり言って、日本版よりずっと優れた映画だと感じた。
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映画「クリスマスのその夜に」 [書評・映画評]

xmas.jpg
ノルウェーのある町、クリスマスイブに起きた5つの物語。
R15指定である。そういった場面も確かにあるが、それよりもむしろ、
サンタを信じている15歳未満の子どもには見て欲しくない
という願いがあったのではないかと思われる。
あえてそう言う意味で、R指定しやすいように、そういう場面を
必要ないのにわざと挿入したのではないか。

ヨーロッパの映画だとはわかったが英語ではないのでかなりたってから
ノルウェーの話だとわかった。

5つのまったく関連しない物語が並行して綴られていく。

家族と一緒のクリスマスを送りたくない少年は町をふらつき、
学年が上の少女に見つけられ、彼女の家に行く。イスラム教徒の
少女の家ではクリスマスは祝われない。かわりにアパートの屋上で
天体望遠鏡で星を見る。この夜にはシリウスが見事に輝くという。
少年はトイレを借りるふりでこっそり家に電話して、帰るのが
遅くなるから、パーティーは勝手にやるように母に告げる。
屋上で少女は望遠鏡を少年の家に合わせ、パーティーの様子、
電話に出る少年の母の様子を見ていた。

妻から家を追い出され、家の鍵も付け替えられた男は、せめて
二人の子どもにクリスマスプレゼントを渡したいと思っていたが、
家にはすでに新しい彼氏が入り込んでいた。納屋にはその男からの
子供達へのプレゼントも用意されている。
一計を案じた男は家にうまく忍び込み子供達にプレゼントを
渡そうとする。

妻子ある初老の男の愛人はその日も男と激しい情事を重ねていた。
クリスマスには妻と別れると言っていたのに、突然、家族とは
別れられないと言うだけではなく、二人の女性を同時に愛せると
までぬけぬけと言い放つ。腹の虫が治まらない女は、とんでもない
いたずらを思いついて実行する。

故郷に帰ろうとする浮浪者は、無銭乗車がばれて列車を降ろされる。
あてもなくたどりついたトレーラーハウスで、そこに暮らす女性が
かつての彼女であって、浮浪者の気づいた女性は男をハウスに
招いてひとときを送る。食事を与え、風呂をすすめて、慈善団体に
あげるつもりだった衣服に着替えさせて男を送り出す。
幸せな気分で男は列車に乗り故郷を夢みる。

老夫婦だけで暮らす家では、二階の部屋で寝たきりの妻を一階に
降ろすために二人の友人の手を借りて下に降ろす。
この日に帰ってくるはずの息子の帰還を疑いもせずに待っていた。

子どものいない、夫が医者の夫婦がいた。妻は子どもを欲しがって
いたが医者の夫にはその気がなさそうだった。
その家に急患の電話がかかってくる。会話が英語であるということは、
お互いの母国語では話が出来ない外国人からの電話であることが
わかる。
医者は車を走らせ、待ち合わせの場所で電話の主を拾い、さらに
車を走らせて森の奥の小屋にたどりつく。産気づいた男の妻がいた。
敵対する民族間で結ばれた男と女が、その故に駆け落ちをして
いっときは教会でかくまわれていたが、クリスマスで人の出入りが
あり、見つかることを恐れてスウェーデンに向かう途中、車の
故障で徒歩を余儀なくされ、その途中で産気づいたという。
難産ではあったが無事に男の子を取り上げ、医者は帰ろうとする
車を止めて、ある決断をする。

何気ない、よくある日常の場面を並べるだけの映画なのだが、
心すがすがしくなる映画ではある。
ラストの映像に、北欧なんだなと感じさせられる。

冒頭と、その続きであるラストの映像の意味がよくわからないが。
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大河ドラマ「平清盛」第1回 [見たよ聞いたよ]

これまでの大河で一番汚らしい平清盛が登場。
そりゃ、平安時代ってけっこう土ぼこりいっぱいだし、
平家が貴族衣裳になるのは清盛が殿上人になってからだから、
それでもいいのだが。

歴史史実をどこまで変えて良いのやら。
清盛の実母が亡くなったのは、史実では彼が3歳の時とか。
そこまでいじくるかね。
彼の実父についてはいろいろ説があるから、一つの説を
取るのはかまわないが、白川法皇に母子とも嫌われていたのか
どうか。母親を殺そうとしたしたのかは、このドラマでの
オリジナリティだろう。そこまで説があったのかどうか。

清盛とこのドラマオリジナルキャラの海賊の少年時代を
少年漫才コンビの「まえだまえだ」が演じているが、
主人公役の弟は立派に演じきっているのだが、海賊役の
兄は漫才言葉で笑ってしまう。二人がからむ場面では
兄貴のおかげで漫才になってしまった。弟だけの出演で
よかったのに。

人物関係、背景を知っていないとドラマの理解が難しいのだが、
NHK的に詳しい説明はしづらいのかも。法皇が実子のように
育てた娘を孫の嫁にするのだが、実際には自分と関係を
持ってしまい、生まれた子どもを次の天皇に据えてしまう
部分は映像では説明不足。説明しづらいが、これが後の
争乱の原因なんだからはずせないところ。

平安時代の「武士」がどこまで現代人の知っている武士だったのか、
そういう部分はよくわからない。少なくても室町時代の
武士とは様子が違うとは思うのだが。まがりなりにも天皇の
血を引いているのだから。

まあこれまでの常識を思い切り壊してくれる物語になりそう。
視聴率は歴代ワースト3だそうだが。
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映画「源氏物語 千年の謎」 [書評・映画評]

源氏物語.jpg
紫式部の「源氏物語」がなぜ、どのように書かれたのか。ストーリー
追いながら、作者紫式部と主人系統である藤原道長との関係を通して
見ていく物語。

最初に設定ありき。従って監督・脚本家の意向に合わせて歴史事実を
歪曲化するいつもの手法。

映画では「源氏物語」は藤原道長の命によって書き始められ、その後
娘彰子に天皇の子を授けるために、その裏工作として紫式部をそばに
置かせたという設定。

歴史事実としては源氏物語の作者だから彰子のそばに置いたのは事実だが、
紫式部が道長に出会う前にすでに源氏物語は書き始められていたわけで、
道長の命により書き始めたというのは大間違い。そこまでして「謎」を
解いた気になりたいのだろうか。

ラストは未完成のまま紫式部は宮中を去っていくが、これもまた嘘。
書き上げてなお数年は彰子のそばに使えていたのは間違いない。

陰陽師安倍晴明が登場するのはまだ構わないが、彼が物語の中にまで
入り込んで生き霊退散をやりだすのでは、通俗なファンタジー小説
なったような気がする。監督は何をやりたかったのだろうか。
ラストで光源氏が作者に、私をどこまで追いつめるのかと問うのは
いいだろうが。

源氏物語は全巻54帖。すべてを映画に収めることは不可能だが、
どこまで描いてくれるのか心配だったが、最小の展開で終わってしまった。
生き霊の六條御息所がもう一人の主人公か、彼女と関わる部分だけに
徹したのはいいけれども、中心がぼやけたような。藤壷が出家する
場面で終わるのは尺の関係で仕方がないけれども、せめて幼い
紫の上と出会うところまでくらいはやってほしかった。そうでないと
救いのないままで終わる展開でしかない。

夕顔が出てきても、元を知らない観客にはどういうことなのか理解に
苦しむかもしれない。せめて雨夜の品定めの場面でも入れてくれれば
その後の展開を想像する楽しみも出るのに。

結局、監督は何を描きたかったのか。実質、映画での主人公は藤原道長に
なってしまったような気がする。それはそれでもかまわないのだが、
せっかくの生田斗真が東山紀之に潰されてしまったような。

けっこう不満が残る映画ではあった。
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書評「王狩 3」 [書評・映画評]


王狩(3) (イブニングKC)

王狩(3) (イブニングKC)




6年前、将棋祭りが開催されている百貨店で、落雷による停電でエレベーターが
止まってしまう事故に4人の少年少女が遭遇する。
3人の少年はその将棋大会に出場するためにやって来た、9歳が一人に8歳が
二人。6歳の少女は入院中の祖父のために将棋盤・駒を買いに一人でやって
来ていた。

外部と連絡が取れない中、エレベーター内に貼ってあった将棋祭りのポスターに
祖父の友人の名前を見つけた少女は、驚異的な記憶力で半年前にちらっと
見せてもらった年賀状に書かれていた電話番号を記憶の中から呼び起こす。

鳩首されるでの間、3人の少年達もそれぞれの非凡な才能を見せつけていた。
後日その将棋大会でその3人が1位~3位に入ったことを知った少女は、
これまで関心を持たなかった将棋をやりたいと祖父に申し出る。こんな
すごい子供達と同じ世界を体験してみたいと。

6年後、4人はプロ棋士になるエリート集団奨励会に在籍していた。
3人の少年は「次世代の津波」と称され、プロ入りが確実視され、タイトルを
取るのも時間の問題とさえ騙られていた。
少女はまだ下のレベルではあったが、非凡な才能は目につき、女性で
奨励会を抜けた者は一人もいない中、もし抜けることがあれば彼女だと
誰もが思っていた。

明日の将棋界のスター誕生をもくろむ将棋連盟幹部たちは、少女を鍛える
ことを目的に様々な方策を採っていく。
彼女の欠点をえぐるようなライバルをあてがって、少女の闘争心を
むき出しにするように仕向けたり。

そして、おもちゃメーカーの協力で奨励会全員参加の棋戦を始めることに。
目的は4人の少年少女を引き上げること。彼らに特別に「勝て!」とさえ
厳命する。周囲の反感を承知で彼らは勝ち上がっていく。
4人のうち最年長の少年は一人関西所属で、問題なく勝ち抜いて代表になる。
3人の少年少女はくじ引きの運で準決勝・決勝で当たることに。

驚異的に勝ち上がった少女は、準決勝・決勝で2人の少年と対決。
そして実力プラス何かでとうとう関東代表に。
決勝戦は三段と2級の戦いという、ハンデを付けないと話にならない戦い。
敗れた2名の少年はそれぞれ記録係と解説係に。
本音と建て前が交錯する。

将棋を離れれば仲の良い少年少女ではあるが、盤を向き合えば激しい争いが
行われる。いや、将棋がなかったなら彼らの関係事態が生み出されなかった
だろう。


絵柄は派手。狩を行う若者の対決様式。
そんな中、絶対記憶を持つ少女の感情が揺れ動く。

作者の青木幸子さんは、先日僕が参加した東京での将棋イベントに
来ていたらしい。そんなに多くはない参加者だったから、知っていれば
写真ぐらいは撮ったのに。

今号でとりあえず第一部は終了とか。近日、数年後の彼らを描く第二部が
始まるらしい。

プロを目指す少年少女がストレートに登場し戦いを挑み合う。
これだけはっきりしていると嫌みもない。
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映画「恋の罪」 [書評・映画評]

金縛り.jpg恋の罪.jpg
渋谷の風俗街で殺人事件が実際にあったそうな。その事件にインスパイアされて
できた映画だとか。
奇妙な殺人事件を背景に、夜の顔と昼の顔の2つの顔を持つ3人の女性の物語。

渋谷のラブホテル街で女性のばらばら殺害事件が起きた。ばらばらな遺体は
マネキン人形をはめあさわれ、あたかも2つの遺体があるように見えたが、
鑑定では一人の女性だった。しかし頭部と手足が持ち去られており、個人を
特定できるものはなかった。
行方不明者は100人を超え、風俗嬢と思われて行方不明者の写真と厚化粧の
顔とは違いが大きいことも特定できない理由の一つではあった。

担当の女刑事和子には夫と娘が一人いた。なかなか家庭を顧みられないのだが、
家族は文句は言わない。しかし距離があきらかに生じている。そしてしかも
和子は夫の後輩と情事を重ねる身ではあった。心では辞めようと思っていても、
体はその男を欲している自分がいた。

遺体候補の一人、いずみは人気作家の妻として玉の輿に乗っかったが、
なぜか夫は毎朝7時きっかりに「出勤」し、夜9時に帰宅するという毎日。
夫を愛しているから不満はなかったが、一緒に食事を取ることもなく、
抱かれることもほとんどない。時間だけが過ぎていくことに飽きてきた頃、
外に働きに行きたいという申し出を夫は快く承諾したが、それが転落の
始まりだった。スーパーでの試食コーナーに立ついずみに女性がモデルの
勧誘に来た。話を聞いて世間知らずのいずみでさえ、それがピンク産業で
あることはわかっていたが、好奇心がいずみを引きずり込んだ。
事務所を訪れた1日で行くところまで行ってしまい、手にした大金に
むしろ新鮮な気持ちさえ感じていた。

遺体候補の一人美津子は大学の助教授。大学教授だった父親の影響で同じ
大学で文学の講義を行っていたが、淫乱な父親の影響を受け、父が亡く
なって以降、夜の世界に入り込む。街娼として毎日男を誘い込む生活。

いずみは夜の渋谷で夜の顔の美津子と出会う。そして抜けることのできない
深みまで引きずり込まれてしまう。

そして行き着いた先に事件が起きた。


ただただエロいだけの映画。しかし3人の物語はしっかりはしているが。
しかしドラマだけに、真犯人があそこまで犯行を行える物か疑問。
遺体をばらばらにしてマネキンとつなぎ合わせる作業など、現実には
時間的なことやもろもろ、実際には起こりえない。

物語が終わっても、女刑事の環境は何も変わらない。ますます深みにはまって
どうしようもない結末を迎えることが予想できてしまう。
他の2名の物語がしっかりできているのに、これだけがすごく違和感が
ある。時間的経過もそうなのだが、殺人事件の発端の物語に対し、
これだけが事件後の物語だから浮いてしまうのだが。

ある意味、気持ち悪い映画ではある。
他の登場人物にそんなに嫌悪感は起きないのに、女刑事の情事相手の
男だけがやけに気持ち悪い。お笑いコンビの片割れなんだが、最近彼ら自体を
見ないせいもあるのだが。
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映画「アントキノイノチ」 [書評・映画評]

アントキノ.jpg
作中、「あのときの命」って何度も言ってごらん。というセリフが出てくる。
繰り返してつぶやく彼女に彼が言う。ほら、プロレスの人の名前に似てるだろ。

言われなくても、普通、見ただけでというか、一言聞くだけで想像してしまう。
でさらに言えば、プロレスの人じゃなく、その物まねをする人の方を
先に思い浮かべるが。

予告編ではその場面で、二人が海に向かって「元気ですかーー」って叫んでいる。
てっきり悲しみをもつ人に元気を与える物語だと思い込んでしまうのだが、
しっかりだまされた。最初から最後まで暗い物語だった。少しも救われない。

高校時代に2件の命に関わる事件に遭遇し、心を病んでしまった青年が主人公。
ようやく薬を飲まないでもいけるようになって就職した先が遺品整理業。
そこで同年配で彼より2年長く勤めている彼女と知り合う。彼女もまた
高校時代に命に関わる事件の後遺症で苦しんでいた。

遺品の整理で、その亡くなった人の生きていた時の証しに出会い、あのときの
命が今の自分に繋がっているという悟りを得て青年は立ち直るが、彼女の方は
遺品整理で悲しい過去に向かいきれずに逃げ出してしまう。

そして何でこんな終わり方なんだよ、というラストを迎える。
悟りを開いた青年はそれをも受け止めていけるようになっていったが。
普通、こういう場合は鬱病が再発してまたまた引きこもりになるんじゃ
ないだろうか。
悟りを開いたらもうそれで十分、という、いわゆる安っぽい宗教映画にしか
見えない。

きわめて後味悪い映画だった。原作を読む気になれないのは、おそらくは
原作者にそういう宗教っぽい理屈があるからかもしれない。
あれで立ち直れる青年なら、元から楽天家なんじゃないだろうか。

映画を見終わって数日経っても、嫌な気分だけが残る映画だった。最低。


追記です。

映画専門ページを後で見てみると、どうやらこの映画は原作を大幅に
変更しているようです。原作はもっといいそうですが、映画監督が
自分の勝手な思い込みで設定やらラストやらいろんな部分を変更して
しまっているようです。
そのせいで、原作では感動できる物語が最悪な映画になってしまっている
ようで、原作は読む価値があるとか。
つまりは映画化失敗作ということですね。
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書評「魔王なあの娘と村人A~幼なじみは勇者です~」 [書評・映画評]


魔王なあの娘と村人A―幼なじみは勇者です (電撃文庫)

魔王なあの娘と村人A―幼なじみは勇者です (電撃文庫)



ひょんなことから女魔王の面倒を見る羽目になったタダの村人の物語。
ややこしいことに、この村人の幼なじみが勇者だったりして。
(実はこの魔王と勇者の間にも因縁浅からぬ話があったり)

と言ってもこれは学園ドラマである。

ドラマや舞台で配役が決定した後、各役者は役作りの準備に入る。
時には詳しいストーリーも知らせられないままで準備を行う事も。
ファンタジーの世界にも同じ状況があったとしたら、という設定の物語。
各個人、自分が物語の中で演じる役割は知ってはいるけれど、
具体的なストーリーなどはまだ知らない「高校生」の物語。
その学校には「魔王」もいれば「勇者」もいる。魔法使いも戦士も
ネクロマンサーもいたりして。もちろん本物の物語の中に入るまでは
彼らに何の力もないけれど、「キャラクター」だけはしっかり
植え付けられている。

「魔王」は絶えず、どうすれば人類を殲滅できるのかを考え続け、
「勇者」は、悪の気配を感じたらただちに行動するだけでなく、
他人の家に無断で入って家捜しを始めたり(薬草探し?)、あるいは
個人の日記を勝手に読み出したり、誰しも覚えがあるでしょう、
勇者の行動パターンを。

そして大多数は名もない村人で、ほとんどは名前もついていない。
「勇者」たちに名前を覚えられることもない。それなのに、彼らに
尋ねられたなら、知っている情報は隠すことなく話さなければならない。
なのにその他大勢でしかないという。

この高校でもすでにそんな状況で学園生活が出来上がっているが、
なぜか「魔王」のキャラを持った女子生徒の監視役(相棒?)として
主人公の「村人A」が選ばれた。
つねに「人類を滅ぼしたい」という本能で行動をする彼女にどう
関わればいいのか。おまけに彼の幼なじみが「勇者」のキャラを
持っているから、このとんでもない三角形の結末は。

学園ドラマなんだよね、基本は。授業が成り立つわけもないのだが。
エロチックコメディーに徹している。なにせ虫けらの前でどんな
格好をしても気にならないから、魔王であろうと勇者であろうと
ただの村人は眼中にもないという設定。
なのに、勇者はこの村人を下の名前で呼び、魔王も彼の存在を
気にし出す。なにせ「村人A」と名付けたのはこの魔王なんだから。

シリーズ物でどう展開していくのか、ラストで微妙に話が変化
するのがミソなんだが。

魔王や勇者なのに魔法の一つも使えないという。しかし本人達は
いつか演じる世界のために、魔法が使える気でもいたり。
村人がただの村人のままで終わるのだろうか。昇格などありえない
世界の物語なんだが。続きが気になる物語。(で、早速続編を
購入したのだが)



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書評「甘栗と戦車とシロノワール」 [書評・映画評]


甘栗と戦車とシロノワール

甘栗と戦車とシロノワール



甘栗晃、高校2年生。私立探偵の父親と二人暮らしだったが、不慮の交通事故でその父が急死する。
探偵事務所を整理中、父の最後の調査の仕事の依頼人がやってくる。生意気な小学生女の子
礼金として先にもらっている金貨が見つからず、成り行きで父の調査の続きを行う事に。どうして父がこんな少女の依頼を引き受けたのか。
父の知り合いである女探偵の協力もあって見事に調査を終了させるが、そこには悲しい秘密が隠されていた。

以上が前作「甘栗と金貨とエルム」のあらすじ。

父の死で高校を退学するつもりだったのが、届けも美術部退部届も担任教師によって握りつぶされていた。美術部員で同級生の女子や幼なじみで自分をからかっているとしか思えない悪友の縁もあり、彼は高校に復帰するところから続編が始まる。
世話になった女探偵の手助けをすることはあっても、自らが探偵業を行う事などまったく思ってもいなかったのだが……。

ある日同じ学校の同じ学年の生徒が人捜しの依頼にやってくる。前作での調査途中に出会った人から腕の良い高校生探偵がいると聞かされたようだった。第一印象は「戦車」!威圧感たっぷり。それもそのはず、中学時代は「名古屋最凶の中学生」と呼ばれ、不良グループのトップだったと。なぜか卒業間際に「夢」を叶えるためにグループから縁を切り、猛勉強のすえこの学校に入学したとか。
それでもいつ暴れるかわからない生徒で、一旦は断るのだが、巨体で土下座までされては話を聞かないわけにはいかなかった。どうやら彼の生き方を180度変えてくれた恩師である女教師が失踪しているとか。

雲をつかむような話だがそれでも調査は進んでいったが、ただではすまない事態が待ち受ける。
裏金融会社や名古屋最悪の暴力団まで関わっている事件まで関係し、主人公の言葉で言うならば、「暴力団に捕まってどこかの倉庫に連れ込まれて殺されかけた」というとんでもない事態まで巻き込まれる。まさにハードボイルド。彼は自嘲してつぶやく。何やってんだろ俺。
失踪事件に潜む謎。元最凶中学生だった戦車男はおとなしく主人公に従うのか。一触即発のまさに綱渡りの物語が展開する。

初版発行が平成22年2月25日。楽天でチェックしていて、本屋に並んだと同時に購入したのに、買ってしまうと安心して読んだ気になって今日まで積ん読状態。太田忠司さんの本はこういう状態なのがあと3冊はある。困った物だ。

探偵をやる気のない高校生が成り行きで探偵業をやってしまう。かなりの能力は持っている。知り合いの女探偵はそのことを知っていて彼にいろいろ声を掛けてくれる。
奇妙な友人もいるが、探偵業とは無関係な友人。その距離感は微妙。そういう設定も珍しい。

作者が在住する名古屋を舞台にしたシリーズは4シリーズあるが、そのうちの3シリーズがリンクしている。元巡査の阿南シリーズは完結したが、そのシリーズに女探偵藤森涼子がからんだりもする。そして藤森涼子シリーズとこの甘栗晃シリーズは相互リンクで、それぞれのシリーズにお互いが登場したりする。この2シリーズはまだ続いている。ちなみに藤森涼子シリーズの第1作は現在入手不可能になっている。形態がジグソーパズルの裏面という特殊な形態で個数限定版ということなのだが。

甘栗シリーズまだまだ続くのだろう。彼の探偵課業は今始まったばかり。

しかし、素人高校生が探偵なんてやるもんじゃない。銃を突きつけられて殺される直前までいくんだから。そして結果の報酬がシロノワール1個。まあ彼が望んだ報酬だからいいけれど。

前作も今作も最終的な結論は出ていない。仕事は果たした。後の問題は自分たちで何とかしろ。突き放した部分がある意味現実的か。探偵はそこまで責任は持てない。持てるはずもない。それが現実。

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